あの人と九星 孝獻皇帝 劉協(三)

あの人と九星 コラム

洛陽帰還の吉凶

興平二年(西暦195年)
秋七月甲子,車駕東歸
(『後漢書』孝獻帝紀)

漢未央宮前遺跡 から
(河東郡聞喜県等を経由)
漢魏洛陽故城 まで




九星と移動方位の確認

姓名  劉協
生年  光和四年(西暦181年)
本命星 一白水星

転居  興平元年(西暦195年)
年盤  五黄土星中宮年 
方位  震(東)三碧木星回座
歳破  巳(南南東)

移動距離 349km(直線距離)

吉方位

三碧木星が定位置に戻った東方位は、一白水星の劉協にとって吉方位です。
東の方位が、三碧木星の回座により、「青年・東宮(皇太子)」「創業」の相が増強している歳です。
十五歳の若き帝に成長した劉協にぴったりの吉方位です。
一白水星の「水」は三碧木星の「木」を育みます。

長安遷都では、定位対冲でした。
しかし!
洛陽帰還で吉方位!
しかも震宮(東)の三碧木星回座という、洛陽の復興と漢室再興を示唆する相!
漢王室は「火」「赤」であるのが定説でもあり、これを九紫と考えるなら、皇帝である劉協が一白水星であることを重視しても、双方にとって震宮(東)三碧木星の「木」は相生であります。
自分が朝臣だったら、もう負ける気がしない!

・・・というのに、劉協が後漢のラストエンペラーとなった一因は、この吉方位の方徳が発揮されなかった事情があるはずです。
その事情は、いよいよ許昌遷都にあるのではないかという疑惑が浮上します。

さあ、それは次回で!

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